ディランの傑作のひとつで、「Blonde On Blonde」と並ぶ最高傑作と称される。ブートレッグシリーズに本作アウトテイク集「MORE BLOOD 、MORE TRACKS」も発売された。さらに本作の映画化が決定されたと言う。

今から約30年前、当時大学3年生だった私は、ディランのアルバムを短期間で一気に集めだしていた。フォーク時代とフォークロックの60年代を一通り聴きいた後に、これを聴いた。 「ブルーにこんがらがって」で即、やられた。「お、この躍動感いいね!・・(全然、ブルーにこんがらがっていないが・・)」ずっと後からわかったが、この躍動感は、試行錯誤の末に、計算して作り出されたアレンジだった。


1.アルバム制作前の出来事

75年発表の15作目。



ディランには公私ともにいろんな出来事が起きていた。
①アルバム「Planet Waves」から移籍したアサイラムはライブアルバム「Before The Flood(偉大なる復活)」で契約終了し、古巣コロンビアと和解し、戻った。
②画家・美術教師ノーマンレーベンに2カ月間、教えを受けた。これはディランの作詞とプライベートに大きく影響したらしい。何を勉強したのか?単に絵画および描画だけでなく、「もの考え方」だそうだ。「真実とか、愛とかの定義」のレクチャーもあったらしい。ディラン曰く、「あの日以来、妻(サラ)のことを理解できなくなった。」おいおい、他人にレクチャー受けて、女房との仲にヒビ入るのか?このころから、急速に夫婦仲は悪くなり、離婚に向けた協議が開始された。
また、「時間を超越した作詞」を志向するきっかけとなり、本作に生かされたとされる。
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(ほとんどのネタはこれと、レコードコレクターズから)

そうした出来事の後に、作曲しながら、リハーサルに入った・・・ものの

③リハーサルの初期、ディランは絶大な信頼をおくギタリスト・マイクブルームフィールドを招く。
ところが、あまりに急ぐディランにブルームフィールドは困惑し、結局、辞退。
ブルームフィールドは、この時のことを「人生の中でも特に奇妙な出来事のひとつだ。ディランは俺に呆れていた。俺だって、困ったし、気分悪かった。」と、こぼした。
(別のインタビューで、ブルームフィールドは、「ディランとの共演には、さほど興味が無くなっていた」と語っている)
最終的に参加したメンバーは無名の人たちばかりだが、ミュージシャンを集めてのリハーサル兼オーディションでもディランは荒れた。チョコッっと演奏させては、バッサバッサとクビにするを相当数繰り返した。この時のディランは鬼だった。
プロデュースも初めてディラン単独となる。(前作「プラネットウェイブス」は共同プロデュース。ただし、本作にはエンジニアとしてフィルラモンが参加)



◇すったもんだして完成はしたが・・・

メンバー集めとリハーサルが混乱しながらも、どうにか一旦、完成に漕ぎつけた。が、リリース前にディランンの実弟(デヴィッド・ジンママン)に書かせたところ、実弟から「暗いから売れない」との指摘を受けた。(実弟は、音楽プロデューサーの仕事もやっている。)
ディランは「えー?まったくもーヽ(`Д´)ノプンプン」ってなって、収録曲の約半数(それも主要曲)を再度やり直す。
その結果、コロンビアが目論んだ「クリスマス発売」には間に合わず、年越し。レコード会社の要望などまったく訊く気はないのである。


結果的にアウトテイクになった当初のヴァージョンは「ブートレックシリーズVo1~3」、「バイオグラフ」、さらに「More Blood、More Tracks」に収録されてた。確かに「ブルーにこんがらがって」「イディオット・ウィンド(愚かな風)」「彼女にあったらよろしくと」などは、「血の轍」収録ヴァージョンより格段に暗い。もし、実弟の指摘がなかったら、すんげぇ暗いアルバムになっていたろう。ただし、旧ヴァージョンも素晴らしい。)

MORE BLOOD, MORE TRACK

ネット上に「If You see her ,Say Hello(彼女にあったら、よろしくと)」の試聴用トラックがすばらしくて買ってしまった、っていう人多いハズ。
「ブートレックシリーズVo1~3」との重複トラックはなく、ファンは必聴。素朴なアレンジがぴったりくる「You're a Big Girl Now」は、正規版と優劣つけがたい出来。「Lily、Rosemary and The Jack of heart」は正規盤よりも、こっちがいい。ここでのテイクは弾き語り。正規盤のアレンジは騒々しく、雰囲気的に浮い存在だったと思う。









2.リリース後の評価


コロンビアレコードが目論むクリスマス商戦には間に合わなかったが、当然のごとく全米ナンバー1に。その後はご承知の通り、「Blonde On Blonde」と並ぶ最高傑作と評すファンも多い。
「血の轍」の制作過程(上記)のような紆余曲折を経て完成したことは、「Blonde On Blonde」と対照的。
「Blonde On ~」では、プロデューサーのボブジョンストンが有名ミュージシャンを「ササッ」と集め、ディランはほぼ完成した曲をメンバーに提示し、「ササっ」と録音。1曲録音が終わると、次の曲ができるまで、メンバーは、トランプで遊ぶ。その繰り返しで14曲できちゃったらしい。天才とトップミュージシャンがプロの技で短期間で完成した傑作。ディランは後年も「Blonde 」を自身の作品として高く評価している。
「血の轍」は、天才が自動車事故で生死を彷徨い、隠遁生活を経て徐々に再スタートしたの後の文字通りの「偉大なる復活」全米ツアーを成功させた後、私生活のゴタゴタと同時並行、スタジオワークも四苦八苦して作った傑作。
生みの苦しみがキツかったのか?ディランは後年、「あんな暗い作品がどうして好まれるのか?まったく理解できない。」と発言していて、「多くの人があのアルバムを愛聴していることに、違和感がある。苦しみが歌われたアルバムが愛聴されるなんて」と発言していることから、自身の苦悩を歌ったとの評は正しいと思われる。
息子のジェイコフ・ディランは、「父母の会話をきいているようなアルバム」と言っている。
が、しかし、一方でディラン本人は「自分や自分の周囲を歌ったものではない。」とも発言している。
マスコミの意見に「はいそうです。」とは、絶対に言わないのである。この辺りは「お約束」。

この人、息子さん。
jakob-dylan息子

Bob_Dylan_1978ストラト
<ディランのエレキはストラトが多いすね。>

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私にとっての「血の轍」

初めて聴いたころは、当分の間、1日1回は聴いてた。デビューから「Blonde On Blonde」は、すでに聴いていたのだが、「まだ、こんないいアルバムがあるのか!こりゃ全部買わんといかんな!」と気合が入ったが、その後、これを上回るスタジオ盤は見当たらない。
曲がすこぶるイイ。ディランの声は、Blonde 期のクールだけどハリのある声が、やや変化し油がノッて太くなった印象。演奏は「Blonde On Blonde」の神業的な演奏力・サウンドはないものの、シンプルなんだけど、絵のように奥行きのある素晴らしい演奏だ。
ただ残念な点が1つあって、「捨て曲」があることだ。それは、「Lily、Rosemary and The Jack of heart」だ。先にも書いた通り、浮いている。詩の内容も、他曲と趣が異なる。しかも長い。ディランのアルバムには、こうした「捨て曲」が時々あるんだな。「Blonde On ~」にはそれが無い。まぁ、私見ですが。

アルバムの出来に関係ないが、ディランの日本CBSソニーのディラン担当者は、邦題のつか方が上手い。
本作では、Tangled Up in Blue= 「ブルーにこんがらがって」、Simple Twist of Fate =「運命のひとひねり」などは、最高だ。ディランの曲は日本語訳でもけっこうな詩になるんだもんな。
ちなみにIdiot Windは、私が購入した30年以上前(写真↓)、邦題は「白痴風」だったが、現在は「愚かな風」に変わっている。(白痴ってのが、よく判らないかな。)
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個別に関する勝手な解説


1曲目の「Tangled Up in Blue」がアルバムの色を代表している。
ナーヴァス・ブルーだった差し替え前の「ブートレックシリーズVo2」や「モアブラッド、モアトラックス」のヴァージョンを取り直して、最終的にこのテイクが採用された。実弟デヴィッド・ジンママンの「暗すぎる」の指摘を受けて、キーをG→Aへ、テンポを早めて、SUS4を強調したギターリフを強調。これらの変更が功を奏し、ディランも明解な滑舌で歌う。目立つベースも曲を明るくしている。1曲聴き終わるころには、不思議な躍動感を感じるのは、テンポがだんだん早くなっていることによるところもあると思う。アルバム全体のプロローグのような曲で、映画化された場合のいろんなシーンの断片を曲にすると、これになる?んじゃないか。

2曲目「Simple Twist of Fate 」これも、キラーチューンだ。本曲は、差し替えされていない当初のシンプルなテイクが採用されている。男女の仲のいたずらな運命、宿命、渦中の男女にとっては重い情況、第三者からみると「よくあること」、そんな事と優しく明るく、きれいなメロディーで歌う。素晴らしい。あまりライブで演奏されていない曲だが、ワシが見た横浜公園(94年2月7日)では、2か3曲目(と思う)に演奏され、感動した。(1曲目は「Jokerman」)

3曲目「You're a Big Girl Now」 Big Girlについて、当時、アメリカで流行った流行歌から借用したような記事を読んだ記憶がある。RCサクセションの「大きな春子ちゃん」(76年)は、これにインスパイアされてはいなか?(笑
詩においては、ディラン節が炸裂している。
「Like a cork screw to my heart scince we've been apart
別れは、僕の心にコークスクリュー(パンチ!)となって突き刺さって・・・」
こんなところで、ホセメンドーサと矢吹ジョーに会えるとは・・・。(わかる人にはわかる)
ちょっと長めのイントロのアコースティックギターソロは、ディランが弾いているとのこと。
想像・妄想でしかないが、映画化においても、男女関係が軸になることは間違いないだろうし、その男女が、ディランとサラを想像させる内容になることが予想される。その時に、この曲と次の「Idiot wind」の詩の内容が男役の感情の軸で対となるんじゃないかな。(私見です。)
この曲は、取り直し前ヴァージョンも良い。

4曲目「Idiot wind」またまたキラーチューン。
本曲も差し替えがあった曲。当初ヴァージョンは、ほんと暗い。もう「恨み節」のレベル。
イントロも暗ーいアコースティックギターの名演で導かれていた。
採用テイクでは、「別れの恨み節」が一転「怒涛の拳による反転攻勢」の曲に変わっている。
イントロなしで歌い始めるディランは、
いきなり「Someone's got it in for me planting stories in the perss I wish they'd cut it out quick
誰かがでっち上げ、マスゴミが踊った作り話だぜ、そんモンは早いとこ、カットしな!(ワシの意訳)」
怒り文句詩でスタート。
怒りが一番盛り上がるサビ部分では、
「I~diot wi~nd !blowing everytime you move your mouth
君が口を動かす(話す)たびに、歯の間からマヌケな風が吹く
It's a wonder that you still know hou to breath
まだ息の仕方を知っているだけ奇跡だぜ。」
いやはや、なんとも品格をかなぐり捨てた詩。
さすがノーベル賞である。
現代のランボーである。

よく言われることだが、この曲の「You」は誰な何でしょう?
もし、サラ(元妻)だったとしたら、後年のディランは「自分の事を歌ってねーよ」って言うのは当然、人情だわね。ただし、曲の最後では、ディランはやや反省し、
「It's a wonder that we can even feed ourselves
俺たちが飯を食えることさえも、不思議だ。」
youへの攻撃に終始せず、weとなっている。

ローリングサンダーレヴューのライブ盤では、もうハードロックの域。


最終曲「雨のバケツ(Buckets Of Rain)」
なんとも悲しい歌・詩で、曲調はブルースではないが、
本当にブルースを感じる曲。
辛辣で不幸で、それをなぜか客観的に淡々とメジャーキーで歌われる。
映画化では、男女の仲の顛末についての総括の場面にかかわると考えられる。

この映画は見てみようかなぁ・・・と考えている。
監督:ルカ・グァダニーノ「君の名前で僕を呼んで」、「サスペリア」のリメイク版
脚本:リチャード・ラグラヴェネーズ「フィッシャーキング」「マディソン郡の橋」など多数。

ちなみに、日本の漫画「血の轍」は、ディランと関係はないようだ。
作者・押見修造氏がディラン好きなのかもしれない。